想綴-SOUTEI

日常を通り過ぎた誰も気に留めない瞬間

6.5.2022 いってらっしゃい

大きなストレスを伴う日常への復帰は、意味もなくこなしていた日頃のルーティンを踏襲するところから始めるのが良いと考えている。

ルーティンとはどこか呪術的なもので、どこにあるかもわからない自分の日常スイッチを押してくれるからだ。自己暗示的と言ってもいいかもしれない。

いまの仕事を始めた頃、調子の良かったころのルーティンは朝に立ち寄る蕎麦屋だった。今日はここから始めよう。

ガラガラと引き戸を開け食券を出す。

そばつゆと脂の匂いを感じながら待つことしばし。テーブルに供された天ぷら蕎麦に呪術師のごとく胡麻と唐辛子をこれでもかとかける。大東京の片隅で誰にも気付かれずに粛々と進む儀式、連休明けで社会に適応できないことが確定している自分への儀式だ。

ずるずると蕎麦と天ぷらを貪りつゆを飲むと儀式はあっという間に終わった。背中にかけられた「いってらっしゃい」の声に押され店を出た瞬間、スイッチなんて何も入っていなかったことに気がつく。

(ごちそうさま、でもスイッチは入らなかったよ)心の中でそう呟いた。今日はどこまでも弱気だ。社会生活もう無理。